TrySail(トライセイル)の夏川椎菜さん(ナンス)の新作小説が先日発売された。彼女のブログが話題となりエッセイや短編小説を刊行してきたナンスだが、今回は初の長編小説『ぬけがら』を発表した。
以前の短編小説『たった3日で恋ですか』の感想をこのブログで書いたように、今回も『ぬけがら』の感想を記しておこうと思う。なお、前回の小説の感想は以下の記事を参照してください。
『ぬけがら』感想
『ぬけがら』は長編小説となっているが、4篇の短編小説にプロローグとエピローグを加えた6篇に付録として1篇の短編がまとまった連作短編集である。
最初の「初恋のシャンプー」は小説家を志す高校生がコインランドリーである女性に励まされるお話。次の「匿名銭湯小噺」では、バイトの若い番頭と常連男性の日常系アニメのようなお話。「タカビシャとパッチ」では、デザイナーを志す女の子と写真家を志す女の子の青春物語。「私と孫の古時計」では、デザイナーの夢破れた女性と祖父のホームドラマのような小説になっている。その4篇が密接に関係し合っていて、あるひとりの人物の人生の一部が浮かび上がってくる。
「初恋のシャンプー」では主人公の書いた小説に対して女性が「まず第一に、リアリティが皆無」と突っ込むシーンがあるが、この『ぬけがら』もリアリティーはあんまりない。この小説に出てくるようなキャラクターは、現実ではまず見ない。だけど、この本を一番手に取るであろう層には、そういう女性像の方が受け入れやすいと思う。アニメらしいというかラノベらしいキャラクター造形になっている。
『ぬけがら』は同名の夏川椎菜さんの写真集がベースになって書かれたものである。つまり、この小説に出てくる女性は夏川椎菜さん本人としても考えられる。小説中の女性は、自分の進路に悩んだり、才能のなさに苦しんだりする。
「やっぱ、才能ないのかな」
そう言ったパッチの声は、笑っているようで、泣いてるようで、諦めているようにも聞こえた。(「タカビシャとパッチ」より)
しかし、努力より、才能が求められるこの世界では足掻けば足掻くほど、虚しくなるだけだったのだ。(「私と孫の古時計」より)
小説中ではデザイナーの女性が悩んでいるが、これは別にデザイナーに限ったものではない。実力が問われるような仕事にすべて当てはまることで、声優も例外ではないのだろう。ナンスも声優として第一線で活躍する先輩たちを見て、同じような気持ちになったのかもしれない。
しかし、作中の女性は夢を諦めない。
ちがう、こんなに綺麗な町から離れる、私のこの決意は、きっとすごく強いのだ。(「エピローグ」より)
ナンスも夢を諦めなかったからこそ今の彼女がある。
「小説家」夏川椎菜のこれから
夏川椎菜さんは、インタビューで次のように語っている。
実は私、残虐な事件とか歴史とかに興味があって調べたりしていて。もちろん自分がそうしたいとか共感するとかではなく、「どうしてこんなことが起きてしまったんだろう」と考えさせられる闇の部分に惹かれるというか。
今回の『ぬけがら』は一種の青春小説のような感じだったが、短編連作で、それぞれの短編がどんな風につながっていくかというところに、ある種のミステリー的な雰囲気を感じた。もちろんミステリーではないのだが、ミステリーを無関係に見えるものの関連を明かす小説だと言い換えれば、手法はよく似ている。
それに加えて、残虐な事件や歴史に興味があるということなので、彼女はミステリーやサスペンス小説などを書きたいんじゃないかと私は睨んでいる。私は読書はミステリーしか読まないほどのミステリー好きなので、ナンスの書いたミステリー小説をぜひ読みたい。
作品情報
夏川椎菜さんの『ぬけがら』はReaders Store で購入できる。音声付き特別版もあり、声優としてのナンスも堪能できる。価格は音声付き特別版が1,320円。通常版が550円(いずれもアフィなし)。
「いってきます」 そう言ってあの子はこの町を飛び立っていった。こんなにも美しい“ぬけがら”だけを残して…恋愛小説アンソロジー『最低な出会い、最高の恋』で小説デビューした声優・夏川椎菜が、自身の写真集『ぬけがら』をモチーフに、デザイナーの夢やぶれ、立ち止まっていた少女の成長と旅立ちを、個性豊かな町の人々の視点から描きだす、切なくけれど爽やかなとびきりの青春感動小説!