花守ゆみり「アイドル声優になりたくない」発言について思うこと

花守ゆみりさんが「アイドル声優にはなりたくない」と発言したことが話題になっている。発言に対してのネットの反応は本当に賛否両論という感じだが、先日に花守ゆみりさんが『Re:ステージ』を降板したということもあって、批判的な意見が比較的多い。私も少し意見を書きたいと思う。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

花守ゆみりの発言の要旨

発言は「声優バイブル2020」というムック誌に掲載されたインタビューが元になっている。インタビュアーは吉田尚紀氏。様々なまとめサイトに要約されてるものが既にいくつも載せられているが、要約と実際の記事は印象が違うかもしれないので、買ってきて読んでみた。著作権の問題で全部は転載できないが、一部を引用したいと思う。

いま最も話題になっているのは次の部分である。

そう、イベント大嫌い!(笑)恥ずかしいので。古い考えかもしれませんけど、なんで声を演じている人を見るんだろうって、アイドルみたいなことを自分がやるのが、受け入れられないんです。

「アイドルにはなりたくない」。簡単に言えばそういうことですね。声優としてどうあるのかというのは本当に広いから人それぞれだと思うんですけど、アイドルをするのが普通で歌って踊って、というのは無理になっちゃったんです。

これだけ見ると、ただのわがままのような印象を受けてしまう人もいるかもしれないが、花守さんが「アイドルになりたくない」という考えに至ったのには理由がある。

だって素の自分が出ちゃうから。声優じゃなく、キャラクターを届けたいのに。歌ったり踊ったりするのもキャラ準拠。なのに、キャラクターじゃなく声優がかわいいという見られ方をするのが、多分嫌だったんですね。

花守ゆみりさんの理想の声優像は、声優はキャラクターのあくまで添え物であって、声優はキャラクターを凌駕してはいけないし、キャラクターを形成する一部に留まるべきだというのが分かる。とても古典的(否定的な意味ではない)な声優像だと思う。

私たち声優が前に出て、(中略)キャラ準拠で歌ったり踊ったりしますけど、それがどうしても自分の中で受け入れられないんです。その子(キャラクター)を背負って人前に出るというのは、その子の何かを変えてしまう気がして。

私自身がキャラの服を着てその子の歌を歌うのは、だんだん受け入れられなくなってきたんです。

注意すべきなのは、アイドルを演じる自分が嫌なのではなく、アイドルを演じることによってキャラクターを破壊するのが嫌だということである。この部分で、雨宮天さんの「アイドル声優に見られたくない」発言とは違う。

雨宮天さん「アイドルと言われるのがすごい嫌だった」の発言について思うこと
TrySailの麻倉ももさん、雨宮天さん、夏川椎菜さんの3人が週替わりでソロの冠番組を担当する文化放送のラジオ番組『MOMO・SORA・SHIINA Talking Box』において『雨宮天のRadio 青天井』の2018年11月25日放送...

雨宮天さんのは理想を押し付けられるのが嫌だというところに立脚している。したがって、彼女がいくらCDを出そうが写真集を出そうが、それは彼女の理想を追い続けているのであって、発言が矛盾しているとはならない。

閑話休題。また、次のエピソードも広く拡散されている。

それで1回、学校から仕事先へ向かうために駅で着替えていたときに、自分は覚えていないんですけど、泣いちゃってトイレから出てこなくなったという話を、最近母から聞いて。

ごく一部のネットの意見には、オタクが気持ち悪いことを公言したのと同義だという意見や、アイドル声優が嫌なら辞めろという意見もある。ただ、彼女がこの状態に至ったのは、アイドルそのものが嫌だったからではなくて、そもそも人前に出るのが怖かったからだ。

目の前に人がいるのが怖くて。(業界に)入ってから、人にどこかで見られている仕事だということに気づいて、「なんでここにいるんだろう」って。若かったから、声の仕事より、顔出しの仕事の方が多かったんですよね。

彼女は元々声優志望というわけでなく、友人に誘われてオーディションを受けたので、声優という仕事を知らなかったともインタビューでは語られている。元々人前が苦手だったので、声優ならと受験したが、自分の声優のイメージと異なっていたので、辛かったと言っているだけに過ぎない。それは既に克服したとも語っている。

まとめると、苦手な人前に出ることを克服したら、次は彼女の理想の声優像が見えてきた。それは、声優がキャラクターを凌駕しうるアイドル声優ではなくて、キャラクターの一部を形成するだけの古典的声優だった。というのがインタビューの内容である。

アイドル声優としての彼女を好きだった人に、これからもファンで居続けなければファンじゃないとか言うつもりは全くない。だけど、実際やってみて理想やイメージとの違いに気づくことは往々にしてあるのに、アイドル声優が嫌なら最初から声優になるなとか、今まで散々顔出ししてきたくせに、と批判するのは少し違うのではないかと私は思う。

『Re:ステージ』の降板に関しては、膝の怪我ということなので、彼女がアイドル声優が嫌だから途中で放棄したというわけではない。とはいえ、インタビューには、子供の頃バレエをやっていて膝を怪我して辞めざるを得なくなったとき、バレエで人前に出るのが苦痛だったので、正直ホッとしたと書かれているため、内心は『Re:ステージ』を続けなくてよくなって、ホッとしたとも思っているかもしれない。私の想像だが。

発言に対する反響

「アイドルにはなりたくない」という言葉が強すぎるので、花守ゆみりさんの発言に批判的な人は多い。一方で、花守さんの意見に賛同して、むしろ顔を出す声優がおかしいとか、アイドル声優を求めるファンもおかしいという人もいる。しかし、これは一方が正しくて、一方が間違っているという問題ではない

私が好きな声優は、一般的にはアイドル声優と呼ばれる人たちだし、正直言えば、気になる声優を探すときは声だけでなく顔でも判断してしまう。声優に必要以上の演技力なんか必要なのかとすら思うこともあるし、声優のアーティスト活動や写真集も賛成である。だけど、花守ゆみりさんのような声優がいることは否定しないし、むしろ歓迎したい。

いま声優になりたいと思う人はいろんな人がいる。キャラクターを形成するお手伝いをしたいという人もいれば、歌って踊ってチヤホヤされたいという人もいる。ファンだって、声優の巧みな演技を見たいと思う人もいれば、声優とキャラを同一視して、歌って踊っているのを見たい人もいる。特に声優業界は後者を取り込んで大きくなってきた現状があるので、どうしてもそっち方面にシフトしてしまうのは仕方ない。だからこそ、アイドル声優にはなりたくないと発言する花守ゆみりさんのような声優は貴重だと思う。

あるべき声優像は、普遍的なものはなにもなく、声優やファンの個人それぞれの中にしかない色んなタイプの声優がいるから、声優業界は楽しい。声優はこうあるべきと排他的になるのではなく、どちらのタイプの声優も共存できて、お互いが尊重、刺激しあえるような環境になれれば、最善だろう。彼女もはじめの頃は軍手をしてまでハイタッチ会に参加したと言うが、人前が苦手ならハイタッチ会に出ないという選択ができるように、業界も変わらないといけない。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
花守ゆみり
スポンサーリンク
スポンサーリンク
こえのおと
タイトルとURLをコピーしました